エロと距離感

いつもお世話になっているお話づくり講座のイベントがあって、昨日行ってきました。
メインの講座と作品講評会は大変勉強になったのですが、その後の飲み会も大変盛り上がりまして。
その席で珍しくいろいろ語ってしまったのですが、一晩たって話したこと思い返すと、人に言ってたつもりが結構自分に当てはまるなぁと思ったので、備忘録としてまとめておきます。
勢いで語りはしたけど、ここ数年ずっと考えていたことだから、うまい具合に言葉としてまとめられたのだろうと思います。

「売れるためにはエロを書けなければいけないけど、書けなくて困っている」
というような話題を振った方がいて、なんかそれって違うんじゃない?という話になりました。

他の人がどう話してたかっていうのは正直あまり覚えてないので割愛するとして(サーセン)、僕は次のように話したのでした。

・そのエロ(シーン)は、あなたが書く作品において、本当に必要なシーンなのか。そうであれば書くべきだけど、ただあったらいいな程度であれば、それはデブリである。

・エロは誰もが持つ本質であるが、そのエロさの表出の仕方は、人それぞれである。おっぱいだけがエロではない。もしおっぱいしかエロが思いつかないのであれば、あなたにとってエロとは何かを一度考えてみたほうがいい。(※その上でおっぱいを選択するならばそれはそれでよいかと)

・僕は工場とか配管とか廃墟とか萌えるんだけど、いいなって思う絵とか写真は、「エロい」んですよ! “エロと距離感” の続きを読む

エネルギーについて

あらゆることは「エネルギー」として論じることができるのではないか、というのが私の考えである。と言っても、専門的な科学の話をしたいわけではない。(したくてもできないけど)
日常のいろんな物事や、感情や思い、価値、というようなものの本質は、たどっていけば「エネルギー」に行きつくのではないかと考えている。 “エネルギーについて” の続きを読む